微かでも 見えなくても 命の火が揺れてる 〜WJ39号 本誌銀魂感想
2008.08.27 22:51 銀魂
ジャンプ、今日買いました。
アンケ送るの、明日じゃもう間に合わないだろうなぁ…。
時々、速達をつけて送ろうかと本気で考えたことがあります。スケダン対策のために。
自分の一票ごときじゃ、スケダンの掲載位置をトップに引きずり上げられないことはわかってるんだけども、それでもやらずにはいられないんですよね。いややったことないけどさ。
銀魂見てると、そういう小さな部分でも闘う(いや抗うの方だろ)ことが大切かなーと感じます。結局速達はつけないけどな。
そんなわけで銀魂感想は追記より。
一歩間違えれば死、という背中合わせの状況の中、仲間がお互いに向かって軽口を叩き合う、というのは、互いをすごく奮い立たせるものがあるんじゃないか、と思う。
何でかというと、軽口っていうのは、相手が普段どおりであること前提に叩きあうものだから。
決して言葉にはしないくせに、仲間のことをすごく気にかけてる。
だけど信じてる。
たとえ離れ離れになっても、死んでない、死ぬわけねーって、信じてる。
相手が普段どおりだと、そう信じてるから。
だから、いつものように軽口を叩く。
銀魂のシリアス編でのあいつら(万事屋に限らず)というのは、揃いも揃って軽口を叩きあうんですよね。
誰かが血だらけだろうが腕折ってようがメガネなくしてようが、短髪になってようが、お構いなし。
揃いも揃って意地っ張り。
声音はいつもより強い調子かもしれないし、いつもと変わらないかもしれない(銀さんあたりは変わらなさそう)。
神楽や新八が晴太にかけた「準備はできたかマザコン野郎」という言葉は、少しは声音が強いかもしれなかったり。
そして、これも間違いなく軽口のひとつなんですよね。
だけどそうやって、言葉にしない部分で仲間を気にかけて、信じてる。
そういう「絆」による強さは、6ページ目の晴太の顔にも表れてると思う。
一歩間違えれば死、という状況が長く続く中、残る仲間二人とやっと会えて。
だけど晴太に涙はないっていうのがさ。
今から戦いに行く顔だもの、あれは。
あの場面で晴太があの表情を見せるということ自体が、これまで晴太が銀さんと日輪さんから教わってきたことすべてを表してると思うんだ。
つまりそれが「己で切り拓く」ということ。
今から切り拓きに行く奴らの顔。
アオリも秀逸だと思います。
「俺にゃ とっておきの火種(ひだね)があるんだ
絶対に消えねェ 太陽(ひだね)がついてんだ
奴等がいる限り 俺ァ 何度消されても 何度でも燃えあがる」
これは、銀さんが新八や神楽だけでなく、いろんな存在から「護られてる」って意味でもあるな、と思った。
「護られてる」…ってだけじゃ、ちょっと違うか。
銀さんからすれば新八や神楽は、自分を護り、奮い立たせる存在。
銀さんという人は、はたから見たら一人立ちしてるように見えるのかもしれないけど、銀さん自身はそういうことは1ミリも感じてないんだろうなーと思う。
だからそういう言い方ができる。
自分も何かに護られてることを知ってるんだよ、この人は。
そして銀さんの中では、もう新八も神楽もすでに庇護の対象じゃなくて、横一線な存在なんだね。
「俺にゃ絶対に消えねェ太陽がついてんだ」
たったそれだけの一文だけど、今まで銀魂を読んできて、いろんな場面に一喜一憂してきた自分としては、すごく深い意味を感じさせる台詞だと思う。
そして、そう言い切れる銀さんに惚れずにはいられない。いや前から惚れてるけども。
それを本人たちがいない所で言うっていうのがさ。
でも、言葉にしなくたってたぶんあの三人は、そういうところは分かり合ってるんだよね。
(…あー、やっぱりBUMPさんたちの「fire sign」という曲は、「銀魂」そのものか、この吉原編のテーマ曲になるって思うんだ)
あと、月詠さんが「銀時ィィ」って言ってるのがすごい燃えた(×萌えた)。
最後に巻末コメントの件。
シノケン含め、連載陣の半数近くが赤塚先生の冥福を祈る中、「ポニョ観ました」て。
ああやっぱ空知は空知ですね(※誉め言葉)
アンケ送るの、明日じゃもう間に合わないだろうなぁ…。
時々、速達をつけて送ろうかと本気で考えたことがあります。スケダン対策のために。
自分の一票ごときじゃ、スケダンの掲載位置をトップに引きずり上げられないことはわかってるんだけども、それでもやらずにはいられないんですよね。いややったことないけどさ。
銀魂見てると、そういう小さな部分でも闘う(いや抗うの方だろ)ことが大切かなーと感じます。結局速達はつけないけどな。
そんなわけで銀魂感想は追記より。
一歩間違えれば死、という背中合わせの状況の中、仲間がお互いに向かって軽口を叩き合う、というのは、互いをすごく奮い立たせるものがあるんじゃないか、と思う。
何でかというと、軽口っていうのは、相手が普段どおりであること前提に叩きあうものだから。
決して言葉にはしないくせに、仲間のことをすごく気にかけてる。
だけど信じてる。
たとえ離れ離れになっても、死んでない、死ぬわけねーって、信じてる。
相手が普段どおりだと、そう信じてるから。
だから、いつものように軽口を叩く。
銀魂のシリアス編でのあいつら(万事屋に限らず)というのは、揃いも揃って軽口を叩きあうんですよね。
誰かが血だらけだろうが腕折ってようがメガネなくしてようが、短髪になってようが、お構いなし。
揃いも揃って意地っ張り。
声音はいつもより強い調子かもしれないし、いつもと変わらないかもしれない(銀さんあたりは変わらなさそう)。
神楽や新八が晴太にかけた「準備はできたかマザコン野郎」という言葉は、少しは声音が強いかもしれなかったり。
そして、これも間違いなく軽口のひとつなんですよね。
だけどそうやって、言葉にしない部分で仲間を気にかけて、信じてる。
そういう「絆」による強さは、6ページ目の晴太の顔にも表れてると思う。
一歩間違えれば死、という状況が長く続く中、残る仲間二人とやっと会えて。
だけど晴太に涙はないっていうのがさ。
今から戦いに行く顔だもの、あれは。
あの場面で晴太があの表情を見せるということ自体が、これまで晴太が銀さんと日輪さんから教わってきたことすべてを表してると思うんだ。
つまりそれが「己で切り拓く」ということ。
今から切り拓きに行く奴らの顔。
アオリも秀逸だと思います。
「俺にゃ とっておきの火種(ひだね)があるんだ
絶対に消えねェ 太陽(ひだね)がついてんだ
奴等がいる限り 俺ァ 何度消されても 何度でも燃えあがる」
これは、銀さんが新八や神楽だけでなく、いろんな存在から「護られてる」って意味でもあるな、と思った。
「護られてる」…ってだけじゃ、ちょっと違うか。
銀さんからすれば新八や神楽は、自分を護り、奮い立たせる存在。
銀さんという人は、はたから見たら一人立ちしてるように見えるのかもしれないけど、銀さん自身はそういうことは1ミリも感じてないんだろうなーと思う。
だからそういう言い方ができる。
自分も何かに護られてることを知ってるんだよ、この人は。
そして銀さんの中では、もう新八も神楽もすでに庇護の対象じゃなくて、横一線な存在なんだね。
「俺にゃ絶対に消えねェ太陽がついてんだ」
たったそれだけの一文だけど、今まで銀魂を読んできて、いろんな場面に一喜一憂してきた自分としては、すごく深い意味を感じさせる台詞だと思う。
そして、そう言い切れる銀さんに惚れずにはいられない。いや前から惚れてるけども。
それを本人たちがいない所で言うっていうのがさ。
でも、言葉にしなくたってたぶんあの三人は、そういうところは分かり合ってるんだよね。
(…あー、やっぱりBUMPさんたちの「fire sign」という曲は、「銀魂」そのものか、この吉原編のテーマ曲になるって思うんだ)
あと、月詠さんが「銀時ィィ」って言ってるのがすごい燃えた(×萌えた)。
最後に巻末コメントの件。
シノケン含め、連載陣の半数近くが赤塚先生の冥福を祈る中、「ポニョ観ました」て。
ああやっぱ空知は空知ですね(※誉め言葉)







